惰性で生きているとこうなる

筆者の謎に包まれた日常を垣間見ることができる日記のようなもの

ブログと僕

SNSの更新頻度は最悪だ。

不特定多数の他人というよりも、自分に対してあまり興味がない人間に向けて自分の心情やプライベートの一部を晒すことに抵抗感があるのかもしれない。

SNSのフォロワーの中には、「こいつ誰だっけ?」みたいな人もいる。

そんな人たちに僕のどうでもいい近況報告をしたところでお互いに無益でしょう。


そんな腐った考えの人間がブログを書き始めるのだという。





まあ、まずは、ブログに興味を持ったきっかけからお話したい。


実は、遡ること10000000億年前からブログというものに触れるようになった。


当時、たまたま見つけたライターさんが書く記事がとても面白かった。

電車の中で読む時には、笑いをこらえるのに必死だった。

この人のように、面白いものを書けたらいいなと思うようになった。



しかし、当時の僕は、根暗・コミュ障・ネガティブ思考であった。(現在もそうかもしれないが)

いつも一人で静かに生きていた。

一人でいる方が楽だった。

頭を空っぽにし、考えることをやめていた。

思考停止の状態が本当に長かった。

活力と知能指数がみるみる下がっていき、常に倦怠感が全身にまとわりつき、死んだ魚の目をするようになった。

そんな俗世から脱落しかけていた僕が面白い文章など書けるはずもなかった。


結局は何も書けずに天文学的な年月だけが虚しく流れていったのだ。




ここで数少ない読者の頭上に大きな疑問符が浮かび上がる、


「毎日が充実してきたからブログを始めたの?」
「面白い文章が書けると思ってるの?」


答えはNOだ。

充実した日々なんてものは縁がないのかもしれない。


ましてや、面白い文章なんか書けるはずもない。

幼いころから文章を書くことが苦手ときたもんだ。


そんな僕からしたら、ブログはあらゆる情報伝達手段のうちで最も苦手なものの一つに数えられるだろう。




では、なぜこのブログを始めたのか。

かくかくしかじか、良くも悪くも人生が大きく変わろうとしている。

近く訪れる、この大きな変化への少しばかりの期待と大きな不安から来るストレスの捌け口としてこのブログを活用することにしたからだ。


他のSNSがあるならそっち使えよ、と思うかもしれない。
しかし、初めに述べた通り、あまり自分に興味を持っていない人に自分のことを曝け出すのは嫌なのであります。


その点、このブログを読んでくれている貴方は、わざわざ僕のInstagramからURLを踏んできてくれたのです。

試しにgoogleでこのブログのタイトルを検索してみたけれど、このブログはかすりもしなかったので、webからの流入は全くないと言っていいでしょう。


ここにいる貴方は、あいつが書くブログってどんなもんじゃい、と少しでも興味を持って訪れた知人という認識で正しいと思っています。


そういう人たちになら、見られてもいいのかなと。



このブログでは、僕が大学で学んできた経営学を中心とした様々な学問の観点から、現代社会にはびこる諸問題について僕なりの見解を述べていこう、ということは一切なく、


大したことのない日常を適当にダイジェストでお届けしていきます(需要無い)。

有益な情報を発信していく予定は一切ないので、ご容赦ください。


そんなこんなで、これからどうぞよろしくお願いしました。