甘いものはたまに食べるからこそ美味しいと思っていた。いつ食べても美味しいらしい
時刻は午後2時
天ざる蕎麦をたいらげ、油で弱った胃をいたわりながら横浜駅構内を徘徊している全身黒ずくめの若造がいたら、それは間違いなくワタクシだ。
彼は、甘いものを求めて髙島屋に向かっている。
数か月おきに、無性に甘いものが食べたくなる。そういう時はプリンを食べに行くが、今日の正解は違う気がした。
かと言って、これが食べたいというモノもなかったので、とりあえずなんでも売っていそうな髙島屋に行くことにした。
目的地に足を踏み入れると、あちらこちらで老眼に苦しむじじばばがショーケースにへばりついている。
そんな彼/彼女らを横目に、ひとまずお菓子売り場を一通り歩いてみることに。
突然、とあるお店の前でピタリと足が止まる。
僕の直感が言う。ここだ。ここに決めた。なんの根拠もないが、ここが良い。ここしか認めん。他は知らん。
そこはベルギーに本店を構えるお店らしい。チョコレートやケーキ、焼き菓子などが並んでいる。
おまけに目の前には綺麗なお姉さん店員。
そうだ、お姉さんが欲しい。すみません、お姉さんをください。
お姉さんを注文したい欲を押し殺して、ずらりと並ぶケーキに目をやる
よくわからんがどれもウマそう。きっとこんなバカ舌にはもったいないものばかりなのだろう。きらっきらしとるがな
どうせ全部美味しいに決まっているので、見た目で選ぶことにした。面食いってやつだ。
なかでも、桃がのっかっている可愛らしい何かが目にとまる
その名も
タルト・オ・ペッシュ
ははーん、なるほど
つまりこれはタルトをペッシュしたアレだなフムフムなかなかいいんじゃないか気に入った。
僕はショーケースの前で顎をさわさわしながら大きく頷いてみせる
それだけで周囲の人間への「僕は分かっていますよ」アピールは完了だ
仕上げに、腕を組みながら首をかしげて唸ってみせたり、こめかみを指でトントンしながら大股で店内を歩きまわったりして、周囲の人間を威嚇する。一瞬にしてヒエラルキー最下層の人間は頂点に成り上がった。
スイーツ界のご意見番のような雰囲気を醸し出すことに成功したが、僕は、「タルトに桃が乗っかっている甘そうなやつ」というサルでも分かる情報しか持ち合わせていない
よく見ると、商品名の下には、無知なイキりチンパン向けにご丁寧な説明文が添えられていた
----みずみずしい桃を飾った季節限定のタルト。まろやかなクリームとババロワが桃を引き立てます。
説明文に一切の無駄がない
スイーツ知識ゼロのド素人にも非常に分かりやすい
しかも、これでもかというほど綺麗な単語を並べているではないか。すべての単語が商品の魅力を底上げしている。なんなら助詞のひとつひとつすら美しい
この完全無欠な文章を考えた人、恐るべし。
魅力底上担当大臣に任命されるべきだ。僕が首相なら、間違いなくそうする。
僕はそのタルトなんたらを購入し、綺麗なお姉さん店員に別れを告げて帰路を急ぐ。
帰宅するや否や、誰もいない静かなリビングで開封の儀をおこなう。
まずはちょこんと乗っているラズベリーをパクリ。嗚呼、いつも君は期待を裏切らない。忘れかけていた青春の甘酸っぱさを思い出させてくれる。青春って何かよく分かっていないけれど、これは青春の味。誰が何と言おうと、これは青春の味。
続いて、みずみずしい桃とタルトの生地を一口でいただく。美味い。とにかく美味い。どれくらい美味いかというと、美味すぎて逆に不味いのではないかと疑うくらいには美味い。
しかし、何がどう美味いのか。全くもって説明ができない。
よくグルメリポーターが披露する、「そのくらい誰でも言えるだろ」レベルの感想すら出てこない。
美味さの表現の仕方とやらを学ぶために、今後食レポ的な投稿でもしてみようかな、と一瞬思ったけれどやめた。面倒くさい。こんな感じでダラダラと駄文を垂れ流していた方が性に合っている。
今回、自分の中では割と挑戦的な買い物だったけどおいしいものに出会えて幸せ。
もっと色んなものを食べてみたいと思ったり。
だが、金がない。稼がねば。結局、金がないと食べたいものも食べられない。世の中、金なんだなあ..
それにしても、タルトって食べるの難しすぎません?タルトがぼろっぼろに崩れてきて、先ほどまでの可愛らしい見た目が台無しだ。胃に入れば全部同じなわけだが、せめて口に入れるまでは美しい状態を保ってあげたい。